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作る側に / 発言者:noda mayumi

平和な世界を作る側で生きたい。
見ている側は嫌です。つまらないです。
最近、生きている感覚が薄れています。消えて無くなりそうです。消えて無くなるなら、何も怖いものはありません。
高句麗の精神で生きる覚悟をしなさい、とヨルダンコンサートの年に言葉が生まれてからずいぶんと長い時間とぼけてきました。
弘前の高句麗伝説の前にも、大きな変化が起こり、美しい生命を感じると同時にそれまで囚われてきた憑き物が落ちて、心が自由になりました。自由になると、退屈です。本来やるべきことをやるしか無くなってきました。
高麗さんにはっきりと、見てる側にいる。なぜ見てる側にいるのか深く掘り下げて考えてみたら良いと言っていただき、考えます。お会いした頃は近しい感じだったのに、講座を受けて時間が経つと、ぼやけてきて、今はとぼけている。とぼけている自覚はあります。わかっているくせに、わからないふりをしています。ここで死んだら大変なことになります。今日の、高句麗伝説上映会サロンで、歴史の要との言葉から、とんでもない場に居合わせていることに驚き、とぼけている場合ではないと魂は教えています。おばあさんが見えるとお聞きして、考えていますがまだわかりません。昔、占い師が守護霊はおばあさんと言っていましたが、 同じおばあさんでしょうか。今の隠居生活のような状態は、おばあさん的です。せめて若々しくとは言わないまでも、年相応の働きをしたいです。
今朝、上映会サロンのご案内メールを見たときに怖いと感じましたが、行かないのはもっと怖かったので参加させていただきました。変化は怖いです。が、変化しないのはもっと怖いです。
現実を正しく受け止められれば、先に進めます。まずは一歩を踏み出します。
ありがとうございます。

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