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高句麗伝説に向かって / 発言者:Keiyama

突きつけられていることは重々分かっていました。この度の演奏で、成らなくては高句麗伝説に向かえないことも、生命ではよく分かるが現実に、お金に流され、どこかでなんとかしなければ。。と。みえない膜が幾重にも生命にかかっていることに慣れ、感覚も麻痺していく何ヵ月、このままではやられてしまう不安もありながら、コーヒー販売に、助けられて生きていました。6/18に決着つくのだろうと予感もしていました。人間とは何か、どのようにして、邪が解き放たれていくのか、図解までとはいきませんが、自らの内面にうつるものが光に溶け込み融合していくプロセスを演奏を聴かせて頂きながらまるで勉強をしているようで感動します。人間は好意をもつものへの欲からくる執着心、そういった状態が自らを疎外していくこと、内面に写り、なくされていったものは、とりとて意識にものぼらないけれど、自分の好きなものだったのです。好きじゃないものには、疎外されていかないのです。まさに、人間とは、自律と創造なのだと、自分を律することはこの度のプロセスで分かる経験を得ることができ、心から感謝します。人間一人のまっとうに生きるあり方が、つながる世界へ伝搬し、まっとうな世の中が現れていくことの、時代の大転換に今生きていること、地球創成物語は未来へと引き継がれていくでしょうと、高句麗伝説は未来の神話となるのでしょうと、感じます。そうして、人間はなぜ生まれたのか、どのようにして、何のために生きるのか、が、この神話をもとに謎解きがされていくのを感じます。普遍的に生きればいいことを学べ、心より感謝します。カウントダウンの始まる6/18のヤマハホールでのコンサートによって、生命救われました。誠にありがとうございます。

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